東京藝術大学 音楽学部 邦楽科。
定員は25名。毎年、全国から高い志と情熱を持った受験生が集まりしのぎを削ります。
その先に待っているのは、同じ日本音楽への熱い気持ちを持つ仲間たちとのかけがえのない4年間です。
本記事では、邦楽科箏曲生田流専攻を卒業した私・岡村秀太郎が学科の特徴や入試の流れについてお伝えします。
1. 邦楽科ってどんな場所?
まず、東京藝大の邦楽科はどういう学科なのでしょうか。
一言でいえば、日本の伝統芸能を学べる数少ない教育機関です。
専攻は
・長唄三味線
・常磐津三味線
・清元三味線
・長唄
・常磐津
・清元
・邦楽囃子
・現代邦楽囃子
・日本舞踊
・箏曲生田流
・箏曲山田流
・現代箏曲
・尺八
・能楽
・能楽囃子
・雅楽
があります。
長唄三味線や常磐津三味線、清元三味線といった三味線の多様なジャンルに始まり、邦楽囃子、日本舞踊、尺八、能楽、雅楽など、他の音楽大学で学ぶことが難しい貴重なジャンルを体系的に学べます。
箏曲もその一つです。箏曲専攻には、生田流・山田流・現代箏曲という複数の選択肢があり、それぞれに歴史があります。
藝大の中でも特に邦楽科は、家族が邦楽をやっている人や演奏家の二世・三世の受験生が多いのも特徴です。小さい頃から舞台に立ったり、家の中に常に楽器の音が鳴っている環境で育った人も少なくありません。しかし全員がそうというわけではなく、様々なバックボーンを持った学生たちが伝統を守りながら切磋琢磨しています。
この記事が、邦楽科の入試情報が少なく困っている受験生や、楽典などの先生探しに苦戦している受験生のお役に立てればと思います。
2. 入試体験記・出願から最終発表までの長い道のり
ここからは、邦楽科箏曲生田流専攻を受験した私の入試体験記となります。
藝大の受験は、ほかの大学と比べて独特の緊張感があります。
一度の試験で決まるのではなく、一次試験・二次試験・三次試験と段階を踏んで進むのが特徴です。
まず、個別試験の出願期間は1月下旬から2月上旬に設定されています。
書類や必要な準備物を整えたら、いよいよ本番へ向けての練習が本格化します。
一次試験と二次試験は2月下旬から3月上旬にかけて実施され、ここでほとんどの受験生がふるいにかけられます。
そして全ての試験を終えた受験生のみが、3月中旬の最終合格発表を迎えます。
私自身も試験結果の紙を掲示板で確認した瞬間のことは今でも忘れられません。
3. 一次試験:課題曲が問う基本の力
最初の関門となる一次試験は、箏の課題曲演奏です。
課題曲は毎年10月に大学の公式サイトで発表されます。
その中から受験生はあらかじめ2曲を選び、当日の抽選でどちらか1曲を演奏する流れです。
つまり、本番当日までどちらを弾くか分からないので、2曲とも完全に仕上げておく必要があります。
例えば、2024年度の課題曲は次の4曲でした。
「春の曲(本手)」 吉沢検校作曲
「嵯峨の秋(本手)」 菊末検校作曲
「磯千鳥」 菊岡検校作曲・八重崎検校箏手付
「末の契り」 松浦検校作曲
どれも古典曲の代表作で、歌と箏の手の両方の技量を試されます。
受験を考えている方なら感じると思いますが、男性と女性の歌の音域の違いなども考慮されたバランスの取れた課題曲になっています。
5ヶ月間も練習する曲なので自分の身体に合った選曲をしてほしいと思います。
試験当日は、まず5人ずつ控室に案内されます。
そこで順番に抽選を行い、次に短時間だけ音を出せる部屋に通されます。
ここで緊張をほぐしながら手慣らしをし、いよいよ試験の部屋へ向かいます。
試験官は6~7人ほどの講師陣。
箏曲生田流の常勤・非常勤の先生方が、一音一音をじっと聴き、細かい部分まで評価します。
立奏(椅子)で演奏するため、普段から立奏に慣れておくことも重要です。
演奏中に「手事に飛んでください」など、途中でカットの指示が入ることがよくあります。
そうしたときに動揺せず、すぐ切り替えて演奏を続ける冷静さが必要です。
もう一つの大きなポイントは調弦です。
チューナーの使用は禁止されていて、試験官が基音を鳴らすのを頼りに耳だけで合わせます。
この調弦の正確さは、想像以上に大きな評価要素です。普段から耳での調弦を徹底的に練習し、どんな状況でも正しい音程を作れるようになりましょう。
4. 二次試験:自由曲と三絃、そして面接
一次試験に合格すると、二次試験へ進みます。
二次試験ではまず箏の自由曲を演奏します。
条件は「宮城道雄以降の作品」であること。
「春の夜」「さらし風手事」「砧」といった宮城作品が選ばれることが多いですが、沢井忠夫の「讃歌」で合格した例もあります。
つまり宮城作品に限定する必要はなく、自分の魅力を一番表現できる曲を選ぶことが大切です。
自由曲の演奏が終わると、いったん控室に戻り、次に三絃(地歌三味線)の試験へ移ります。
三絃の課題曲も10月に発表される中から1曲を選び、演奏します。
三絃は原則、自分の楽器を持参します。
慣れた楽器で弾くのが理想ですが、どうしても用意が難しい場合は大学から借りることも可能です。
箏は立奏、三絃は座奏(正座)で演奏します。
姿勢が変わるため、演奏フォームも含めて事前に十分な練習が必要です。
そして、例年通りであれば、二次試験の三絃演奏が終わったあとに5分程度の口頭面接があります。
面接では、
「好きな音楽は?」「どんな演奏家になりたいですか?」
といった質問が多く、形式ばらない会話で進んでいきます。
短い時間ですが、自分が音楽に向き合ってきた背景や、今後のビジョンを素直に話せるように心の準備をしておきましょう。
面接官は、受験生の音楽への気持ちを知りたいと思っています。
飾らずに自分の言葉で想いを伝えることが一番大切です。
5. 三次試験:楽典で仕上げる総合力
最後の三次試験は、楽典の筆記試験です。
60分間の試験で、他科でも共通の内容が出題されます。
邦楽の演奏を専門にしてきた人にとって、楽典はやや馴染みが薄い分野かもしれません。
私自身も、楽典の勉強にはかなり苦労しました。
でも、きちんと向き合えば必ず得点できる科目です。
過去問や参考書を何度も繰り返し、解き方をパターンとして覚えるのがコツです。
7割以上の得点を目指して、計画的に学習を進めてください。
試験当日は、しっかり眠って頭をすっきりさせて臨むことをおすすめします。
6. 合格のためのヒント
藝大の試験は、技術だけでなく精神力や人柄も問われます。
課題曲は早めに決め、調弦を耳で正確に取れるよう何度も練習しましょう。
私は10月の課題曲が発表された週には箏と三絃ともに課題曲は決めました。
年内には箏課題曲2曲、三絃課題曲1曲、箏自由曲1曲の全4曲を覚えましょう、と師匠に言われていました。
箏と三絃、それぞれの演奏姿勢に慣れ、面接では気負わずに自分らしい言葉で語ることが大切です。
そして、楽典は苦手意識を持たず、少しずつ積み上げることが合格への近道になります。
邦楽科は特に楽典に馴染みがないと思います。
私は高校2年生の春から楽典を習い始めました。最後の半年は過去問や練習問題での演習を重ねて本番に近い形のトレーニングしていました。
7. 最後に
東京藝大邦楽科の受験は、長い時間と多くの努力を必要とする挑戦です。
しかし、その過程で自分の音楽と深く向き合い、演奏家としての軸を育てることができます。
課題曲の一音一音、そして面接での言葉も、すべてがあなた自身の表現です。
心から日本音楽を愛する気持ちを胸に、本番の舞台に立ってください。
あなたの挑戦を、心から応援しています。
8. オンラインレッスンのご案内
音大受験アカデミーでは、専攻実技以外の音大入試科目がオンラインで習得できます!
楽典、ソルフェージュ、面接など、先生をお探しの方はぜひお問い合わせください!
お問い合わせフォームはこちら
【料金案内】
・60分レッスン月4回 :月額22,000円
・入会金11,000円
レッスンについて詳しくはこちら